乳児に学ぶ

頭に浮かんだイメージを演奏できるようになるように、楽譜から演奏というステップに、イメージするというのを積極的に取り入れようと思っているのだが、どうもうまくいかない。

  1. 楽譜よ読む、または音楽を聴く
  2. イメージを記憶する
  3. イメージを思い出す
  4. 演奏する

それで、果たしてイメージが記憶できないのか、思い出せないのか、思い出したものが実際演奏する音に対応できないのか、何だろうか。とにかくある調のある音符を丸暗記して演奏するというのは、全く柔軟性が無く、アドリブにもつながらなければ、演奏にも広がりが無い。間違えたらつっかえてしまうし、そうではなく、もっと応用が利くようにしたいのだ。

これを裏付けるように、「音律について H・ケレタート」で音律の歴史を勉強してみると、平均律は移調可能であり、それはつまり、曲は音の相対的な配置によって人にある印象を引き起こしているのであって、絶対的ではないということ。さらにそれらの構造は、「音のシンメトリー レンドバイ・エルネー」やいわゆるトニカ/サブドミナントドミナントなどの役割から見えてくる、はずだ。

全く知らない曲を聴いてみても、1度、3度、5度、7度はなんとなく分かるような気がして、それで調を探ったりする事ができるのを考えると、どうもここをとっかかりに改善していけないものだろうか。


乳児の旋律聴取研究 二藤宏美 ヤマハ音楽振興会 音楽研究所

そもそも人間はどうしてそれらの音を特別に感じるのか、そんなことを調べていてこの論文を見つけた。幼児は旋律(メロディー)をどのようにして覚えたり、理解したり、何かを感じるようになるのか、海外での実験を踏まえ、日本で実際に乳児と実験をしたものだ。詳細はこの素晴らしい論文を見てみてほしいが、乳児でさえ旋律を記憶しているし、長調短調の違いに気づく。ただし、ちょっとの変更には気づかない。この変更は楽譜が出ているが、ある音を♭させるというものだ。それから、調を変更しても気づかない。

松島さんの個人レッスン以外まともな音楽教育を受けていない私は、音楽については乳児に等しい。先生との相性もあるが、成績も甚だ悪かった。だから随分これは参考になる。そう、乳児でさえ、旋律は覚える事ができるのだ。そしてそれは絶対的ではなく、相対的なものだからこそ、調が変化しても認識できるのだ。そして、ちょっとの変化に気づかないというのは、旋律を点ではなく、塊で捉えているのだと思う。もう少し言うと、フレーズの集まりかもしれない。


曲のイメージは、大きな枠組みではフレーズの組み合わせとして、そしてその個々のフレーズを、実際に聞いて印象的な音を柱に組み立てる。おそらく、イメージを思い出してから演奏するステップで、何らかの仕組みがないからつながらないのだろう。なんともはがゆい限り。最終的にはもちろん、イメージ->演奏がダイレクトにできるようになりたいが、まだまだ各部が錆び付いていて機能しないので、リハビリあるのみだ。