アップル最高

技術と表現には面白い関係があると思っています。技術なしに表現の幅は広がらないし、表現なしに技術の幅は広がらないという意味です。

例えばマイルスデイビスは明らかに新しい楽器をどんどん取り入れて開拓していった人ですが、新しい楽器には必ず新しい技術が必要とされ、新しい表現が可能になります。確かキースジャレットがピアノを弾かせてもらえなくて、大嫌いなオルガンを強制的に弾かされたという話がありましたが、あの頃のキースジャレットはやけくそで、いっちゃってて大好きだという人は多いですよね。

昨日、身近なところでもそういう変化がありました。遂にiPhoneFlipboard登場です。知っている人には説明する必要ないぐらい有名なものですが、どういうものかというと、TwitterFacebookソーシャルネットワークで流れて来るコメントやニュースを、最高の形でiPadで読めるようにしてくれたアプリです。

iPhone版はこんな感じで、

親指で下から上にフリップしてめくっている様子がこんな感じです。

ただフリップできるだけだけど、何がすごいってそういうデザインがすごいんです。今ではスマートフォント言えば、というと代名詞のようになっている「フリップ(軽くスクリーンをなでる動作)」や「ピンチ(親指と人差し指で広げたり縮めたりする動作)」ですが、これを創りだしたのがアップルで、つまりそういう操作自体にものすごい価値があるんですね。だからアプリがそういうハードウェアの価値を最大限引き出してくれる=”アップル最高!”ということになります。

だからひょっとしたらFlipboardでニュースは読んでないかもしれない。でももともと見ることさえしなくてってませんでした?それを少なくとも見るようにはしたというだけでもものすごいことですよね。

ちなみにiPhoneだと3G回線上で、アメリカなど海外では使い放題ではないエリアも多いので、データのローディングにもすごい技術が見て取れます。例えば低解像度の画像をある程度まとめてロードして、高速でフリップする場合はそのままそれらを表示し、フリップを止めると高解像度のデータがすぐに流れてきます。これらが違和感なく実現されていることの下に積み重ねられた技術に脱帽ですが、何よりも表現したいものが膨らんだり、よりはっきりすることでどんどん必要な技術が見えてきて、実現されていくわけです。

トランぺッターの類家さんはものすごいユニークな音を出しますが、だからあんなにクリエイティブで表現の幅が広がるし、表現が広がるからもっといい音が出せるようになるんでしょうね。

芸術と科学は、思いっきり離れているようで、本当は大昔から大の仲良し。スティーブジョブスが言い続けているTechnologyとArtの交差点。もっともっと行ったり来たりしなくちゃ。